乳がんの漢方治療

エストロゲン依存性乳がんの漢方治療の注意点

・乳がんでは植物エストロゲンに注意

がんの漢方治療においては、患者さんの体力や抵抗力や回復力を高め、不快な自覚症状を改善してQOL(生活の質)を良くすることを主な目標としています。
したがって通常は、体力や食欲の状態、自覚症状、がんの進行状況や治療の状況によって、漢方薬の処方内容を決めることが多く、がんの種類はあまり関係ありません。つまり、胃がんや肺がんといったがんの種類によって異なった処方があるわけではなく、症状や病状や治療の状況の違いが処方の差になります
しかし、女性ホルモンのエストロゲンによって増殖が刺激される乳がんや子宮体がんの場合は、他のがんと違った注意が必要です。女性ホルモン作用をもった生薬が存在するからです。

乳腺組織や子宮内膜組織は女性ホルモンのエストロゲンの作用によって増殖が促進されます。それらの組織から発生する乳がんや子宮体がんの中にはエストロゲンによって増殖が促進されるものがあります。
エストロゲンによって増殖が促進される(エストロゲン依存性という)乳がんや子宮体がんの場合に問題となるサプリメントの代表が大豆イソフラボンです。マメ科の生薬の葛根(かっこん)にもイソフラボンが多く含まれています。
高麗人参
のエストロゲン作用に関しても議論があり、米国では乳がん患者は高麗人参の使用は避けるべきだという意見が一般的です。当帰(とうき)・甘草(かんぞう)についても、エストロゲン様作用に関して異なる意見があります。

大豆イソフラボンは、体内でつくられるエストロゲンと構造や働きが似ているため植物エストロゲン(フィトエストロゲン)と呼ばれています。
植物エストロゲンはエストロゲンと似た作用を示すことから、エストロゲンの低下で起こる更年期障害や骨粗しょう症を改善する効果が期待され、サプリメントとして注目されるようになりました。
しかし、食品安全委員会は1日の大豆イソフラボンの摂取量の上限を70~75mgとし、サプリメントから摂取する場合には1日30mg以上は推奨されないという指針を出しています。イソフラボンの取り過ぎが、人体においてホルモンバランスに影響する可能性が否定できないからです。
大豆イソフラボンのような植物エストロゲンの摂取はエストロゲン依存性の乳がんの再発を促進する可能性が指摘されています。抗エストロゲン剤を使ったホルモン療法を受けているときは、大豆イソフラボンのようなエストロゲン活性を持った健康食品は治療の妨げになるので、摂取しないように指導されるのが一般的です。米国では大豆製の食品も控えるべきだという意見もあります。
ただし、中国の上海で行なわれた乳がん患者調査では、ホルモン依存性の乳がんでも、ホルモン療法を受けている乳がん患者でも、大豆製食品を全く食べないよりは通常の量を摂取する方が再発率も死亡率も低下することが示されています(詳しくはこちらへ

乳がんに対する植物エストロゲンの作用に関しては、まだ不明な点も多く残されていますが、エストロゲン依存性の乳がんや子宮体がんの治療中や再発予防を目的とした漢方治療においては、生薬に含まれる植物エストロゲンに対して注意する必要があります
乳がんや子宮体がんの患者さんが、体力や免疫力を高める目的で高麗人参の入った健康食品を大量に摂取したところ、腫瘍の大きさが数ヶ月間で急速に増大したという症例を経験することがあります。
高麗人参のエストロゲン作用だけでなく、「体を元気にするものはがん細胞も元気にする」という作用も関連していると思われます。乳がんや子宮がんのようにホルモン依存性のがんでは、自己判断でのサプリメントの使用、特に大量の摂取は危険です

・エストロゲン依存性乳がんに注意すべきハーブと生薬

乳がん細胞のエストロゲン依存性の有無は、病理組織検査でホルモン受容体の量を調べることによって判別できます。エストロゲンに非依存性(エストロゲン受容体がマイナス)の場合は漢方治療は他のがんと同じです。手術後の回復促進や、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減、治療後の再発予防の目的で、適切な漢方治療は有用であり、生薬のエストロゲン活性への配慮は必要ありません。

がん細胞がエストロゲン依存性(エストロゲン受容体がプラス)の場合には、植物エストロゲンを多く含むハーブや生薬の使用は極力減らした方が良いと言えます。ただし、ハーブや生薬中の植物エストロゲンの量に関する情報は乏しいのが実情です。 
植物エストロゲン作用が文献的に報告されている生薬として葛根(かっこん)高麗人参(こうらいにんじん)が良く知られています。
漢方処方で使用頻度の高い当帰(とうき)甘草(かんぞう)にもエストロゲン作用があるという報告もあります。日頃から食べている野菜の中にも植物エストロゲンが含まれているものが知られていますので、知らずに使っている生薬の中にエストロゲン活性を持ったものがある可能性はあります。

当帰のエストロゲン作用については、肯定する意見と否定する意見があります。現時点では、乳がん患者さんに当帰を使えないという根拠はありません。(詳しくはこちらへ
高麗人参のエストロゲンに関しても、賛否両論の意見があります。(詳しくはこちらへ

台湾の医療ビッグデータを解析した研究結果によると、エストロゲン依存性乳がんの患者さんが、高麗人参や当帰を含む漢方薬を服用しても問題なく、むしろメリットがあることが示されてます。(詳しくはこちらへ

抗がん剤治療やホルモン療法に伴う更年期障害の改善に役立つ漢方治療

・乳がん治療に伴う更年期障害について

閉経前の乳がん患者が抗がん剤治療を受けると、抗がん剤治療によって卵巣機能が障害されて閉経になり、更年期障害の症状が出ることが多くあります。
また、乳がん細胞がエストロゲン受容体陽性の場合には、体内のエストロゲンの産生を抑制したり、エストロゲンの作用を阻害する薬が、再発予防の目的で長期にわたって使用されます。このようなホルモン療法を受けている場合には、エストロゲン作用の消失によって更年期障害と同じような症状がでます。

更年期障害とは体内のエストロゲンの低下により現れる体の様々な変調です。代表的な症状として、顔面のほてりのぼせ発汗などの自律神経失調症状があります。これに加えて不眠、不安、抑うつなどの精神的な変調もよく見られます。
症状は個人差があり、顔面や上半身がひどく発汗するがのぼせないもの、かぜの初期症状のような状態が続くもの、気分かすっきりせず、やる気が出ない症状が強く出る場合もあります。
これらの症状はエストロゲンの低下によって内分泌系だけでなく自律神経の中枢も乱れるためを考えられています。
このように、乳がん患者では治療に伴う更年期障害に苦しんでいる方が多いため、更年期障害による症状を緩和する治療が求められています。

乳がんの場合、ホルモン感受性が無ければホルモン補充療法は可能ですが、ホルモン療法を受けている場合や、切除した乳がんがエストロゲン受容体陽性であれば、エストロゲンを使用することはできません。
サプリメントや漢方薬でも、エストロゲン作用のあるものは使用を避けなければなりません。
例えば、ザクロにはエストロゲン活性が報告されており、大豆イソフラボンはエストロゲン受容体に結合してエストロゲンと同じような作用を現します。タイのマメ科のハ-ブのPueraria Mirifica(プエラリア ミリフィカ)はエストロゲン作用のあるイソフラボンを多く含みます。
これらの植物成分はエストロゲン作用を目的としたサプリメントとして販売されていますが、このようなエストロゲン活性があるものは乳がん患者には使用できません。
ほてりや発汗には、アメリカ原住民の民間薬であるBlack cohoshの有効性が報告されていますが、Black cohoshにはエストロゲン活性は認められていません。

女性の更年期障害の治療に漢方薬がよく使われます。更年期障害や生理不順の治療に使われる漢方薬には、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、加味逍遥散(かみしょうようさん)、温経湯(うんけいとう)、温清飲(うんせいいん)、女神散(にょしんさん)、三黄瀉心湯(さんのうしゃしんとう)などがあり、これらは健康保険を使って使用できます。
これらの漢方薬は構成する生薬の違いによって効能・効果が異なります。したがって、体質や症状の違いによって、どの処方を使うか決められます。

・エストロゲン作用が無く更年期症状の改善効果がある当帰芍薬散・桂皮茯苓丸

漢方薬で使用する生薬の中には、エストロゲン作用がなくて更年期障害に効くものがあります。これらをうまく利用すると、ホルモン療法の副作用を軽減しながら、再発予防効果を高めることができます。

当帰(とうき)は米国でも更年期障害のサプリメントとしてよく知られている生薬です。乳がん培養細胞や動物を用いた研究で、当帰にはエストロゲン様作用があるという報告もありますが、エストロゲン受容体を介する作用は無いという報告もあります。
当帰を含む漢方薬の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、エストロゲン作用を示さずに更年期障害の症状を緩和することが報告されています。(詳しくはこちらへ
卵巣を摘出したマウスの実験で、ストレスを緩和する効果が認められています。更年期の症状に対して、中枢神経に作用して、不安や不眠や抑うつを軽減する効果が示唆されています。乳がんの患者さんのようにエストロゲン補充療法が行えない場合の更年期障害の治療に当帰芍薬散が有用であることが報告されています。

顔面のほてり、のぼせ、発汗といった末梢血管の拡張による自律神経症状に対しては、桃仁(とうにん)、牡丹皮(ぼたんぴ)、桂皮(けいひ)の効果が指摘されています。
桃仁と牡丹皮は血液循環改善や抗炎症の効果があり、桂皮はおだやかな解熱発汗、鎮痛作用があり、これらを含む桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、エストロゲンの低下によって生じる血管拡張性の生理活性ペプチドの作用に影響して、のぼせのような自律神経症状を緩和することが報告されています。桂枝茯苓丸にはエストロゲン作用がないことは乳がん細胞を用いた実験で示されています。

当帰芍薬散は当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく)・川芎(せんきゅう)、蒼朮(そうじゅつ)(または白朮(びゃくじゅつ))・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)の6種類の生薬から構成され、利水作用と補血作用の加わった駆瘀血剤(くおけつざい)です。貧血やむくみを伴う比較的体力の低下した状態に適します。
がん患者においては皮膚につやがない、顔色が悪いなどの症状(栄養不良症状)とともに、浮腫・軟便・下痢などの症状が見られる場合に適します。
桂枝茯苓丸は桂皮・茯苓・桃仁・牡丹皮・芍薬の5つの生薬から成り、組織の血液循環を良くし、ダメージを受けた組織の修復を促進する効果があります。

図:桂枝茯苓丸と当帰芍薬散を構成する生薬。 桂枝茯苓丸と当帰芍薬散はエストロゲン作用を持たずに、更年期障害の諸症状を緩和する効果がある。






桂皮
(けいひ)
クスノキ科のニッケイ類の樹皮。血行を促進して体を温める。解熱発汗・鎮静・末梢血管拡張・抗菌作用などが認められている。
桃仁
(とうにん)
バラ科のモモの種子。血液循環改善・抗炎症作用・鎮痛作用を有し、特に炎症による充血や血行障害による疼痛を軽減する。
牡丹皮
(ぼたんぴ)
ボタン科のボタンの根皮。炎症に附随する血液循環障害を改善する。鎮痛・鎮静作用があり、タンニンを多く含み強い抗酸化作用を持つ。





芍薬
(しゃくやく)
ボタン科のシュクヤクの根。抗炎症作用と血液循環改善作用、補血作用を持つ。骨格筋や平滑筋の痙攣を緩和して鎮痛する。
茯苓
(ぶくりょう)
サルノコシカケ科のマツホドの菌核。胃腸虚弱や浮腫を改善する。精神安定に働き不安感や不眠を軽減。多糖成分に免疫増強作用がある。
当帰
(とうき)
セリ科のトウキの根。血管拡張・血行促進によって体を温める。造血機能を高める補血作用を持つ。皮膚や粘膜の潰瘍の治りを促進する。
川芎
(せんきゅう)
セリ科のセンキュウの根茎。血行を促進して体を温める。憂うつ・抑うつを改善する。鎮痛作用があり頭痛・腹痛・筋肉痛などにも効く。
蒼朮
(そうじゅつ)
キク科のホソバオケラ、シナオケラの根茎。消化管機能を高め、浮腫や疼痛を軽減する効果や、免疫増強作用がある。
沢瀉
(たくしゃ
オモダカ科のサジオモダカの塊茎。利水作用と抗炎症作用がある。多糖類には免疫増強作用が認められている。

 

・女神散の更年期障害改善作用

群馬大学医学部の統合和漢診療学講座の小暮敏明教授のグループは、乳がんの治療による更年期障害の治療に女神散(にょしんさん)を使って、多くの症例で有効であったことを報告しています。その論文を紹介します。

Efficacy of Nyoshinsan/TJ-67, a traditional herbal medicine, for menopausal symtoms following surgery and adjuvant chemotherapy for premenopausal breast cancer.(閉経前の乳がん患者における手術および術後補助化学療法後の更年期症状に対する漢方薬「女神散(にょしんさん)」の有効性)Int J Clin Oncol. 13(2):185-9. 2008年

【論文内容の抜粋】
39歳の閉経前の乳がん患者が、乳房温存手術と放射線治療の後に補助化学療法(CTF療法)を受けた。腫瘍はエストロゲン受容体陰性。抗がん剤治療が始まって2ヶ月後に血清エストラジオールが低下し始め、軽度を不眠を自覚するようになった。4ヶ月後には、強いホットフラッシュと発汗が出現し、6ヶ月後には頭痛と抑うつ症状を訴えるようになったので、抗うつ薬のparoxetine(商品名:パキシル)が投与された。
血清中のエストロゲンのレベルは低下し、抗がん剤に起因する更年期障害に伴った無月経と診断された。
エストロゲン低下による更年期症状を改善する目的で、ツムラの医療用漢方エキス製剤の女神散(にょしんさん)/TJ-67の投与を開始した。
女神散服用の8週間後には、更年期症状(ホットフラッシュ、頭重感、動悸、手のほてり、発汗、不安感など)の顕著な改善を認めた。血清中のエストラジオールやFSH(卵胞刺激ホルモン)の値には変化は見られなかった。
更年期症状を呈した乳がん患者6例に女神散(TJ-67)を使った治療を行ったところ5例において、症状の著明な改善を認めた。副作用は認めなかった。
乳がん患者の治療に伴うエストロゲン欠乏による症状を軽減することは困難なことが多いが、そのような症状の緩和に女神散(TJ-67)は安全で有用な治療薬かもしれない。

女神散(にょしんさん)は、香附子・川芎・蒼朮・当帰・黄芩・桂皮・人参・檳榔子・黄連・甘草・丁子・木香の12種類の生薬を組み合わせて作られます。
主体になるのは香附子・檳榔子・丁字・木香といった気の巡りを良くする生薬(理気薬)で、自律神経失調や抑うつ症状を改善します。興奮を鎮める作用(清熱・瀉火作用)のある黄連と黄芩はイライラ、のぼせ、ほてりを緩和します。さらに補血・活血・調経の当帰・川芎は月経調整や血液循環改善に作用し、補気健脾の人参・蒼朮・甘草は食欲を増し元気を高めます。

このように自律神経症状や精神症状などに効果がある理気薬と、清熱を主とする瀉心湯系の要素と、補気・補血・活血・健脾薬が含まれるため、消化器症状と精神神経症状の複合した状態に効果があります。産前産後や流産後あるいは月経異常のある婦人に適用され、古くから女性の血の道に用いられています。
体力中等度を中心に比較的幅広く様々な自律神経症状・精神症状に応用されており、特にのぼせ、めまいを主訴として、訴えの多彩な場合に使用すると良いと言われています。
したがって、乳がん患者の更年期障害でも、のぼせやめまい、頭痛、頭重感、動悸、不眠、不安感、焦燥感などの自律神経症状や精神症状を呈する場合に適すると思われます。エストロゲン作用が指摘されている人参・甘草・当帰が含まれていますが、この漢方薬に含まれている量では問題ないようです。この論文では内分泌系に変化を認めなかったと考察しています。

以上のような漢方薬は保険を使って服用することができます。
このような漢方薬をベースにしながら、さらに症状に合わせた生薬や抗がん作用を持つ生薬などを組み合わせて煎じ薬の処方を作ると、更年期障害の改善と再発予防を目的とした漢方治療を行なうことができます。高麗人参や甘草や葛根などのエストロゲン作用が指摘されている生薬も、通常の量であれば問題はありません。
このような注意を守れば、ホルモン療法を妨げずに、副作用を軽減しながら再発予防効果を高める、乳がんの漢方治療が実践できます。

冷え性の改善に役立つ漢方治療

・がん患者さんは冷え症の人が多い

冷え」とは、体内での熱産生が低下したり、末梢の血管が収縮して皮膚に流れる血液が不足して、手足や腰や背中などが冷たく感じる状態です。「冷え症」という病名が使われますが、冷え症の状態が長く続いていて冷えやすい体質を持っているという意味で「冷え性」という用語を使う場合もあります。
西洋医学では冷え症というのはあまり問題にされませんが、漢方では「冷えは万病の元」という認識を持ち、冷えを取る生薬は漢方治療において重要な役割を果たしています。

体の冷えを訴える人は多いのですが、がん患者さんは冷え症の方がさらに多いように思います。それは、冷えが体の抵抗力や治癒力の低下を引き起こしてがん発生の一因になっている可能性と、がんの進行や治療にともなって生じる体力の消耗やストレスが、エネルギー産生や血液循環を悪化させて冷えの原因となっているからかもしれません。
がん予防には肉を減らし野菜を多く摂取する食生活が基本になりますが、野菜の多い食事やあっさりした食事は体の冷えの一因にもなります。精神的なストレスは、交感神経を緊張させて血管を収縮させ、血液循環を悪化させる原因となり、がん治療に伴う貧血や体力の消耗も血行を悪化させて冷え症の一因となります。

がん予防に理想的な食事や生活習慣を実践されている方ががんになった場合、ストレスや冷えが原因ではないかと思うことがよくあります。科学的な根拠があるわけではないのですが、経験的には、冷えはストレスとならんで、がんを発生させる要因の一つのようです。すなわち、冷え症の人は、冷えを改善することはがんの発生や再発の予防に役立つと言えます。

・冷えは治癒力を低下させる

個々の細胞は外部から取り入れた栄養素を素材にして、タンパク質や脂質や核酸など細胞の構成成分を合成すると同時に不要なものは処分し、炭水化物や脂肪酸を酸化してエネルギーを作り出しています。この仕組みが物質代謝です。また、組織や臓器内においては、古くなった細胞がアポトーシスで死んで、細胞分裂で新しい細胞が絶えず入れ替わっています。このような物質代謝と細胞の入れ替わりが組織の新陳代謝(しんちんたいしゃ)です。
新陳代謝は、生体の恒常性維持(こうじょうせいいじ)機能や修復・再生機能の基礎であり、新陳代謝が悪い状態では自然治癒力は十分働きません。冷えは組織の血液循環やエネルギー産生や新陳代謝が悪くなった状態ですので、冷えがあることは治癒力低下の指標と考えます。がんの漢方治療においては、冷えを改善することは治癒力を高める上で重要な手段なのです。
再発予防の漢方治療では、免疫力を高めると同時に、血液循環や新陳代謝を良くすることを目標にしますが、そのとき冷えを改善する漢方薬をうまく使うことがポイントです。

・食品や生薬には寒熱の区別がある

寒気(さむけ)や体の冷えなどの症状を訴え、温かい飲み物を好むような状態を「寒証(かんしょう)」といい、新陳代謝や血液循環が低下し生体熱量が不足しているような状態と解釈されます。この場合には体を温める漢方薬を用いなければなりません。一方、身体の熱感、顔面の紅潮、冷たいものをほしがるような状態を「熱証(ねっしょう)」と呼び、この場合には体を冷やす薬で治療します。その逆を行えば、病気はますます悪化してしまいます。

それぞれの生薬には、体を温めたり冷やしたりするという性質(薬性)があり、寒熱の証に合わせて使用します。
食品でもショウガやトウガラシは体を温めますが、キュウリやスイカや柿などは生で食べると体を冷やします。同様に、薬物の寒熱に基づいて熱・温・涼・寒性の4つ、あるいは平性を加えて5つに分類しています。熱性や温性のものは体を温め、涼性・寒性のものは体を冷やす作用を持ちます。
冷え症や寒証の人には体を温める薬を使わなければなりませんが、熱のある人(熱証)や暑がりの人には体を冷やす薬が使われます。薬や食品を「温かい」だの「冷たい」だのというのは、西洋薬や健康食品では問題にされませんが、漢方ではこの寒熱の考え方を無視して薬を使うことはできません。

・冷えを改善する生薬

熱産生は原則的に代謝の副産物です。代謝や循環が低下して熱産生が低下すると体の冷えが自覚されます。歳を取ると足腰の冷えを自覚するようになりますが、その基本は代謝が低下しているからです。このように体のエネルギー生成の低下(気虚の状態)が進行して、体の熱産生作用の低下により寒け・冷えなどの症状が強くなった状態を漢方用語で陽虚(ようきょ)といいます。
川の流れも気温が下がれば凍りつくように、身体も冷えが強くなると「気(き)・血(けつ)・水(すい)」の流れが悪くなり滞りやすくなります。したがって、陽虚になって代謝が低下すると水分の吸収・排泄が低下するために消化管内や組織間に水分が停滞して、浮腫や水様性下痢が出現しやすくなります。
血液の循環も悪くなると多くの臓器や組織の活動や新陳代謝はますます悪くなります。この悪循環を断つためには、代謝を亢進させて熱産生を高める必要があり、このような陽虚の状態を改善することを補陽(ほよう)といい、それに用いる生薬を補陽薬(ほようやく)といいます。同時に、血液循環を良くする駆瘀血薬(くおけつやく)、体液の流れや水分の排泄を促進する利水薬(りすいやく)を併用すると冷えを改善する効果が高まります。
桂皮(けいひ)、附子(ぶし)、芍薬(しゃくやく)、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)など多くの生薬に血管拡張作用が知られています。これらを服用すると、顔のほてりや発汗、手足が暖かくなるなどの効果が出てきますが、これは末梢血管拡張作用の結果です。

体の冷えがあると、体内の水の代謝が悪くなるうえに、冷えによって腎臓の働きも低下して体外への水の排泄が悪くなり、体内に余分な水分が貯留します。これを水毒(すいどく)あるいは水滞(すいたい)といいます。逆に水毒が冷えの原因になることもあります。したがって、冷えの漢方治療ではたまった水を追い出す利水薬も重要です。
比較的体力の低下した女性に冷えに使われる当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、貧血を改善し血液循環を良くする当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川芎(せんきゅう)に、体液の流れを良くする蒼朮(そうじゅつ)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)を加えた漢方薬です。たまった水を追い出すことが冷え症の改善に効果があると考えた組み合わせです。
高齢者の冷えに使われる八味地黄丸(はちみじおうがん)には、新陳代謝を活性化し体を温める附子(ぶし)、桂皮(けいひ)に血液循環をよくする牡丹皮(ぼたんぴ)、体液の流れを良くする沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)などが組み合わされています。
附子(ぶし)(ハナトリカブトの塊根)は補陽薬の代表です。成分のアコニチンというアルカロイドには血管拡張・血行促進・強心・強壮作用・鎮痛作用などがあり、身体を温めて極度に低下した新陳代謝機能の活性化します。
桂皮(けいひ)(クスノキ科のニッケイ類の樹皮)には血行を促進して体を温め、元気をつけ興奮性を増し、腹中を温める効果があります。
乾姜(かんきょう)はショウガを蒸してから乾燥したもので、体の中を温め、身体の機能低下と低体温を回復させる目的で使用します。
冷え症の治療では西洋医学より漢方の方がはるかに高い効果を発揮します。このような冷えを改善する生薬をうまく利用すると、がんに対する治癒力をさらに高めることができます。

図:がんの進行やがん治療によって体力の消耗(気虚)や貧血・栄養状態の悪化(血虚)が進行すると代謝の低下や体の冷え(陽虚)が起こる。体の冷えは、血液や体液の循環を悪化させ、さらに臓器・組織の活動や新陳代謝を低下させる。この悪循環を断ち切るには、駆瘀血薬や利水薬や補陽薬などを適切に組み合わせることが必要

抗がん剤治療や放射線治療の副作用軽減や再発予防に役立つ漢方治療

・抗がん剤治療と漢方薬の併用の是非に関する議論

抗がん剤には肝臓で代謝(分解)されるものが多くあります。薬を分解する酵素を薬物代謝酵素といい、その代表はチトクロームP450(CYPと略す)という酵素です。CYPには100種類以上が存在しますが、薬物代謝にはCYP3A, CYP2D, CYP2Cなどが主に関与しています。CYP3Aというのは100種類以上あるチトクロームP450の中の3Aという分子種ということです。
食品や医薬品の中には、薬物代謝酵素のチトクロームP450の活性を阻害したり酵素量を増やすことによって他の薬の薬物動態に影響する場合があります。

グレープフルーツジュースの成分であるナリンギンがチトクロームP4503A4(CYP3A4)の薬物代謝を阻害するため多くの薬剤の薬物動態に影響することが明らかとなっています。
降圧剤など幾つかの薬がCYP3A4で代謝されることが知られており、グレープフルーツを多く食べている人がこのような薬を服用すると、肝臓での代謝が阻害されるために血中濃度が高くなって効き過ぎる結果、副作用が出やすくなります。

一方、抑うつ状態の改善に使用されるセント・ジョンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)はCYP3A4やCYP1A2の量を増やすことによって、これらの薬物代謝酵素で代謝される薬剤(シクロスポリン、ジゴキシン、ワルファリン、など)の作用を減弱させることが明らかになっています。
その他、ニンニク、イチョウ葉、高麗人参なども、薬物代謝に影響する可能性があるとして抗がん剤治療中の使用が警告されています。

漢方薬や、それに使われる生薬についても、薬物代謝酵素に対する影響が検討されていますが、試験管レベルの研究が主で、人間が実際に漢方薬を服用した場合の影響については、ほとんど判っていません。
富山大学和漢医薬学総合研究所の手塚康弘准教授らのグループは、ヒト肝細胞中の薬物代謝酵素シトクロムP450(CYP)に対する阻害作用を多数の漢方生薬で検討しています。
その研究によると、ヒトCYP分子種の中で、特に合成医薬品の代謝に関わる割合の高いCYP3A4活性とCYP2D6活性を阻害する作用が、約4分の1の生薬に認められたと報告しています。
例えば、生薬のゴミシ(五味子)やゴシュユ(呉茱萸)には、CYP3A4を強力に阻害する成分が含まれていることが報告されています。ゴミシに含まれるGomisin BやGomisin Cは、強いCYP3A4阻害活性を持つ抗真菌薬のケトコナゾールと同じくらいのCYP3A4阻害作用を有することが示されています。
抗がん剤の中には、CYP3A4やCYP2D6で代謝されるものが多くありますので、CYP3A4やCYP2D6が阻害されると、抗がん剤の分解が阻害されて、効き目が強くなる可能性があります。効き目が強くなることは治療には良いのですが、副作用も出やすくなります。
しかし、通常の漢方処方に含まれるゴミシの量が、ヒトの体内でも薬物代謝酵素に対して阻害活性を示すのかは、明らかではありません。1日数グラム服用しても、吸収される阻害成分の量が、阻害作用を示す血中濃度よりかなり低い可能性もあるからです。
ゴミシは肝障害を軽減する効果や呼吸機能を良くする効果などがあるため、抗がん剤治療中の副作用軽減の目的で使用することがありますが、副作用が強くでることは経験しません。したがって、このような試験管内での研究結果だけでは体内での相互作用を断定することは困難です。

抗がん剤治療中に適切な漢方治療を行なうと、抗がん剤の副作用を軽減することができます。漢方薬は体力や抵抗力や食欲を高め、組織の血液循環や新陳代謝を促進することによって、抗がん剤治療でダメージを受けた骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞の回復を促進するからです。 

最近は、抗がん剤治療に適切な漢方薬治療を併用すると「副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める」「再発率の低下や延命効果がある」という臨床試験の結果が数多く報告されるようになりました。
例えば、オウギ(黄耆)を使った漢方治療が、肺がんの抗がん剤治療の副作用を軽減し生存期間を延長させる効果が複数の臨床試験のメタ解析で示されています(詳しくはこちらへ)。

子宮頚がんの放射線治療に漢方治療を併用することによって延命効果を認めた報告(詳しくはこちらへ)や、欧米で行われた臨床試験では黄芩(オウゴン)を含む漢方薬の有効性が示されています(詳しくはこちらへ)。

その他多くの臨床研究が日本や中国を中心の報告されています。
このような多くの報告があるにも拘らず西洋医学のがん専門医からはあまり評価されていないのは、それらの臨床試験のレベルが低い(症例数が少ない、厳密な二重盲検試験でない、など)という理由や、漢方治療自体が十分に理解されていないからです。

漢方薬を服用すると肝障害が起こるからと説明する医師もいます。もちろん、漢方薬によってアレルギー性肝炎などの肝障害が起こることはありますが、その頻度は極めて低く、適切な治療を行っていればほとんど経験しません。
適切な漢方治療を行えば、副作用を増強したり、抗腫瘍効果を弱める可能性は極めて少ないという確信を持っています。
その「適切な漢方治療」というのが問題ですが、それは、「少数の生薬を偏って大量に使用しない」「効果の強い(漢方で言う下薬)を多量に使用しない」という点を基本にして、食事療法の延長線上の処方を行うことです。このような注意を守れば、薬物代謝酵素に影響する可能性は低く、抗がん剤治療中の服用でも問題はほとんど起こりません。

抗がん剤治療中は、がん細胞を殺す効果は抗がん剤の役目で、漢方薬は、胃腸の粘膜を保護したり、骨髄や肝臓や心臓や腎臓などのダメージを軽減し、組織の血液循環や新陳代謝を活性化して回復力を高めることを主体にします。
このような漢方治療は、香辛料を多く使った料理よりも抗がん剤の代謝に対する影響は少ないと言えます。
また、患者さんの治療の状況や症状に注意しながら処方を行えば、漢方治療で弊害が起こることは少ないと思います。

抗がん剤治療を専門に行っている腫瘍内科医のほとんどは、抗がん剤治療を行っているときに漢方薬やサプリメントや健康食品を使用することを拒否します。その理由は前述のように、漢方薬やサプリメントや健康食品が、抗がん剤の効き目や副作用に影響する可能性があり、併用した場合の有用性や有効性を示すエビデンスが無いからです。したがって、抗がん剤治療中に漢方薬を拒否することは医学的に正しいことです。
全ての薬には効果と同時に副作用があります。したがって、素人判断で漢方薬を使用するのは危険です
しかし、西洋医学のがん治療と漢方治療を十分に知って経験があれば、副作用を起こさずに、治療効果を高めることができます。エビデンスのレベルが低いといっても、多くの臨床経験で、適切な漢方治療を併用する方が治療効果が高まることを示す研究報告が着実に増えているのも事実です。

適切な漢方治療が乳がんの治療効果や再発予防に有効かどうかに関する直接的な研究はまだありません。しかし、それを示唆する間接的な証拠はいくつか挙げることができます。

早期の乳がんの場合、
緑茶を多く飲んでいる人は再発率が低いことが報告されています
例えば、乳がん患者の手術後の再発と緑茶の摂取量との関係を、愛知がんセンターで治療を受けた1160人の乳がん患者で検討した結果、stage Iの早期のがんの場合には、1日に3杯以上の緑茶を飲んでいる人は、がんの再発が統計的に明らかに抑えられました(43%に抑制)。 stage II の場合も同様に緑茶の飲用によるがん再発予防の効果が示されましたが、より進行したがんでは予防効果は認めなかったそうです。比較的早期のがんの場合には緑茶の習慣的な飲用が再発の予防に効果があると言う結果です。(Cancer Lett. 167:175-82, 2001年)

1998年から2009年までに発表された疫学研究や臨床試験の論文から5617人の乳がん患者のデータをまとめたメタ解析の結果が報告されています。それによると、緑茶の飲用が多いほど(1日3杯以上)乳がんの再発率が低いことが示されています。(Breast Cancer Res Treat, 119:477-484, 2010年)

大豆製食品の摂取量が多いと、乳がん治療後の再発率が低下することが報告されています。この報告は中国の上海で行なわれた乳がん患者調査で、手術を受けた乳がん患者を追跡調査し、大豆製食品の摂取と再発率と死亡率の関係を検討しています。その結果、大豆蛋白の摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡の相対リスクは0.71、再発率は0.68に低下していました。大豆イソフラボンに関しては、摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡率の相対リスクは0.79、再発率は0.77に低下していました。
すなわち、大豆食品や大豆イソフラボンの摂取が多いほど、乳がん治療後の死亡や再発のリスクが低下することを示しています。(Journal of American Medical Association 302:2437-2443, 2009年)(詳しくはこちらへ
これらの報告は、緑茶や大豆に含まれる成分(カテキンやイソフラボンなど)が乳がんの治療や再発予防に役立つことを示唆しています。

漢方薬は、カテキンやイソフラボンの宝庫であり、その他にも免疫力や抗酸化力を高める成分やがん予防効果のある成分などを多く含みます。したがって、漢方治療が乳がんの治療後の予後を良くする効果を示す可能性が示唆されます。

漢方治療を行っている台湾の医師7675人を20年間の追跡調査して、がんの発生率を調査した報告があります。漢方治療に携わっている医師は、自分でも漢方薬を服用する頻度が高い(あるいは薬草と接する機会が多い)という前提での調査ですが、7675人の20年間の追跡で、796人(10.4%)が死亡し、279人(3.6%)ががんを発症しました。一般集団と比較して、全がんの発生率は80%に低下し、女性の乳がんの死亡率は30%に低下していることが報告されています。(Occup Environ Med, 67:166-9, 2010年)
これらの報告は、間接的ですが、漢方治療が乳がんの再発や生存期間に影響する可能性を示唆しています。

図:抗がん剤治療と漢方治療を併用した時、両者の相互作用の結果が、良い場合と悪い場合が起こりうる。適切な漢方治療を行えば、副作用の軽減や抗がん作用の増強などにより再発率や生存期間やQOL(生活の質)を良くすることができる。一方使い方を間違えると、副作用増強や抗がん作用減弱などの悪影響が出る可能性もある。

・抗がん剤と放射線の発がん作用を軽減する漢方治療

抗がん剤や放射線は、骨髄や免疫組織や肝臓などの臓器にダメージを与えて免疫力や抵抗力や体力を低下させます。さらに、がん細胞と正常細胞に遺伝子変異を引き起こし、がん細胞の悪性化を促進し、正常細胞をがん化させて新しいがんを誘発する可能性もあります。多くの抗がん剤の発がん性が証明されており、放射線障害の晩期障害としてがんの発生があることはよく知られています。がん治療が原因となって発生したがんを2次がんと呼んでいます。

抗がん剤と放射線はともに急性骨髄性白血病の発症率を高めます。アルキル化剤による治療後1~2年目くらいから白血病の発症率の上昇がみられ、5~10年後をピークにして以降は減少します。使用した抗がん剤の量と期間に比例して発症率は上昇します。 DNAにダメージを与えて遺伝子変異を起こすトポイソメラーゼ阻害剤やアントラサイクリン系抗がん剤も白血病のリスクを高めることが指摘されています。シクロフォスファミドの投与量が多いと膀胱がんの発生率が高まることが報告されています。

2次がんが問題になってきたのは、治療によって長期生存することが可能になったためですので、治療効果によるメリットが2次がん発生のデメリットを大幅に上回っていることは確かです。しかし、がん治療後の生存者にとって2次がんの発生は無視できません。
がんの再発の多くは治療後5年以内に見つかりますが、2次がんの発生は治療後5年以上経過してから多くなってきます。大量の抗がん剤投与や放射線照射を受けた場合は、2次がんの発生リスクが高い部位を中心に定期的な検診による早期発見が大切です。

さらに、がん予防に有効な食生活や生活習慣の実践も2次がんのリスクを低下させる上で大切です。このように、再発のリスクが低下した後も、2次がんの発生予防のために、がん検診やがん予防法を実践することが大切です。検診や食事や生活習慣による一般的な予防に加えて、がん予防効果をもった漢方薬の服用は有用です

がん細胞の発生は、遺伝子変異によってイニシエーション(initiation)を受けた細胞が、細胞増殖促進や炎症反応などによってプロモーション(promotion)作用を受けてがん組織として成長していきます。
したがって、2次がんの発生予防には、遺伝子変異をもつ細胞ががん組織に進展する過程を抑えることが中心になります。
この目的では、
1)ナチュラルキラー細胞の活性化などのがん細胞に対する免疫力を高める生薬(補気薬補血薬)、
2)組織の血液循環や新陳代謝を良くして治癒力が高まる体の状態にする生薬(駆お血薬理気薬)、
3)炎症を抑え解毒力を高め、がん予防効果をもつ生薬(清熱解毒薬抗がん生薬
などを組み合わせると、2次がんの予防に効果が期待できます。
このような生薬を組み合わせた漢方薬は、多方面から2次がんの発生を予防する効果が期待できます。


図:抗がん剤と放射線の細胞障害作用は、腫瘍縮小効果(有効性)と臓器障害(副作用)の両方に関連する。遺伝子変異作用は、がん細胞の悪性進展と、正常細胞のがん化(2次がん)を引き起こす。抗がん剤と放射線照射の腫瘍縮小効果を妨げないで、臓器傷害と遺伝子変異を軽減することができれば理想的ながん治療となる。

・抗がん剤による末梢神経障害の軽減に役立つ漢方治療

中枢神経系(脳と脊髄)から出て、手や足の筋肉や皮膚などに分布し、運動や感覚を伝える電線のような働きをするのが末梢神経系です。末梢神経には、全身の筋肉を動かす運動神経、痛みや触れた感触などを感じる感覚神経、血圧・体温の調節や臓器の働きを調整する自律神経があります。
末梢神経がダメージを受けたり、働きに異常をおこした病態を「末梢神経障害」といいます。運動神経が障害されると、「手や足の力が入らない」「物をよく落とす」「歩行や駆け足がうまくできない・つまづくことが多い」「椅子から立ち上がれない」「階段が登れない」などの症状が起こります。
感覚神経が障害されると「手や足がピリピリしびれる」「手や足がジンジンと痛む」「手や足の感覚がなくなる」などの感覚障害が起こります。
自律神経が障害されると「手や足が冷たい」「下半身に汗をかかない」などの自律神経障害が起こります。

パクリタキセル(商品名タキソール)ドセタキセル(商品名タキソテール)などのタキサン製剤、ビンクリスチン(商品名オンコビン)ビノレルビン(商品名ナベルビン)などのビンカアルカロイド製剤、シスプラチン(商品名ランダなど)カルボプラチン(商品名パラプラチン)オキサリプラチン(商品名エルプラット)などの白金錯体製剤では、高頻度に末梢神経障害による副作用(しびれや感覚障害や痛み)が発現します。
末梢神経障害の治療としては、しびれ症状の緩和のためにビタミンB製剤(B6, B12など)や、疼痛に対しては非ステロイド性抗炎症剤や副腎皮質ホルモン剤が使われることがあります。マッサージや鍼などの補完療法が利用されることもあります。激痛に対してはオピオイド(麻薬性鎮痛剤)が必要になります。抗うつ薬や抗てんかん薬が試されることもあります。
サプリメントとしては、アセチル-L-カルニチン<ソ?リポ酸、メラトニンの有効性が示唆されています。漢方薬では、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の有効性が報告されています。

例えば、乳がんにおけるパクリタキセルの末梢神経障害に対して牛車腎気丸のエキス製剤(ツムラ TJ-107)を使用すると80%以上の例でしびれ、疼痛など何らかの症状が緩和したという報告があります(大阪市立大学腫瘍外科 高島勉)。
卵巣がんや子宮体がんに対してパクリタキセルとパラプラチンを併用する抗がん剤治療に実施した場合にみられる末梢神経障害に対しても、牛車腎気丸の有効性が報告されています(三重大学婦人科 田畑務)
また、芍薬甘草(しゃくやくかんぞうとう)はこむらがえりや生理痛など様々な筋肉痛に対して使用される漢方薬ですが、パクリタキセルなどによる関節痛や筋肉痛に対して芍薬甘草湯の有効性を示す報告もあります。(近畿大学産婦人科 山本嘉一郎)
牛車腎気丸や芍薬甘草湯に使われている生薬に、さらにしびれや痛みに効果のある生薬(威霊仙など)や、血液循環を良くする生薬(桃仁、紅花、延胡索など)を加えた煎じ薬を用いるとさらに効果が高めることができます。
(抗がん剤の末梢神経障害の治療の詳細に関してはこちらへ)

・ケモブレインの漢方治療

ケモブレイン(chemobrain)とは、chemotherapy(化学療法)の「chemo」と、brain(脳)を組み合わせて作られた用語です。「 化学療法後の脳機能障害」という意味で、抗がん剤治療中や治療後に起こる記憶や認知力の低下のことを指しています。
抗がん剤治療中あるいは治療後に、物忘れが強くなったという患者さんが結構います。抗がん剤治療の進歩のおかげで生存期間が延長してくると、抗がん剤治療の副作用・後遺症の一つとして、記憶力や認知力の低下が問題になってきました。
命に関わることでは無いのですが、生活の質(QOL)を低下させる点で患者にとっては深刻な問題になっています。
とくにこの問題は乳がん患者さんの間で、1980年代の後半から問題になってきました。乳がんの治療では、神経細胞の障害を起こしやすい抗がん剤が複数使用されることが多いことと、長期間延命する患者さん(乳がんのサバイバー)が多いためです。

「記憶」というのは「忘れずに覚えておくこと」、「認知」というのは外界の情報を能動的に収集して処理する過程で、推理・判断・記憶などの機能が含まれます。したがって、記憶力や認知力の低下は、脳の活動の低下によって起こってきます。
記憶力や認知力が低下すると、物忘れ、言葉がすぐに出て来ない、物事に集中できない、一度に複数の仕事や作業ができない、新しいことを覚えられない、といった症状が出ます。倦怠感やうつ症状も症状の一つとなる可能性があります。
このような症状が、抗がん剤治療を受けている乳がん患者の10~40%で見られると報告されています。

ケモブレインの主な原因は、抗がん剤による神経のダメージ(神経毒性)です。一般的には、細胞分裂を行わない神経細胞は抗がん剤によるダメージは少ないのですが、メソトレキセート、パクリタキセル、5-FUなど、神経細胞に毒性を示す抗がん剤も多くあります。
症状が軽い場合には、抗がん剤の副作用なのか老化現象なのか判断が困難な場合が少なくありません。また、抗がん剤による神経のダメージだけでなく、治療に伴うストレスが関与している場合もあります。さらに、抗がん剤によって卵巣機能が低下してホルモンバランスが障害されて、更年期症状として記憶力の低下が起こることもあります。
抗がん剤以外の服用している医薬品の副作用が関与している場合もあります。

いずれにしても、ケモブレインの症状は、老化に伴う記憶力や認知力の低下と似ているため、生活の質を悪化させる要因になっていることは間違いありません。さらにその症状の発症には複数の要因が絡んでいる場合も多いため、有効な治療法がないのが実情です。
神経細胞がいったん死ぬとその回復は極めて困難です。神経細胞は再生しないからです。しかし、神経細胞が死んでいなければ、その機能を回復させることは可能です。

漢方治療の場合は、血液循環を良くする生薬、抗酸化力を高める生薬、ダメージを受けた神経細胞の回復を促進する生薬、脳神経の活動を高める生薬などを組み合わせると効果が期待できるかもしれません。さらにストレスを緩和したり、更年期障害を改善するような効果もケモブレインの治療に有効かもしれません。
中国4000年の歴史のなかでも、老年期痴呆の症状は古くから知られており、その治療薬が経験的に蓄積されてきました。さらに、近年の漢方薬の研究でも、ラットなどの動物を使って脳血管障害やアルツハイマー病などの痴呆モデルを用いて、漢方薬の薬効が研究されています。

たとえば、動物実験や人間での臨床試験で、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)がアルツハイマー型の痴呆を改善する効果が示されています。
当帰芍薬散は、芍薬(シャクヤク)、蒼朮(ソウジュツ)、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)、川芎(センキュウ)、当帰(トウキ)の6種類の生薬からなる漢方薬で、卵巣機能不全、不妊症、生理不順、更年期障害といった婦人科領域で広く使われています。乳がん患者のホルモン療法中の更年期症状を緩和する効果も報告されていますので、乳がん患者の抗がん剤やホルモン療法中のケモブレインの予防や治療に効果が期待できます。

さらに、記憶や認知の障害を改善する効果が期待できる生薬として、帰脾湯(きひとう)に使用されるオウギ(黄耆)、ニンジン(人参)、ビャクジュツ(白朮)、ブクリョウ(茯苓)、オンジ(遠志)、タイソウ(大棗)、トウキ(当帰)、カンゾウ(甘草)、ショウキョウ(生姜)、モッコウ(木香)、サンソウニン(酸棗仁)、リュウガンニク(龍眼肉)の混合物は、培養神経細胞において、神経細胞の神経突起を正常状態に戻し、記憶障害改善作用を示すことから、アルツハイマー型記憶障害の予防・改善剤として有用であるという研究結果があります。

人参、黄耆、遠志が神経障害後から軸索および樹状突起の再形成、シナプスの再形成作用を有するという報告もあります。
薬理学的研究では遠志(おんじ)五味子(ごみし)には抗痴呆作用が、釣藤鈎(ちょうとうこう)には認知機能改善作用が、人参(にんじん)には 記憶力増進作用が報告されています。
五味子は、強壮作用と神経興奮作用を利用して、過度の疲労・思考力の低下・記憶力および注意力の減退などに使用されています。
遠志は、この薬を服用していると元気が出てきて脳の働きが強くなり、意志が遠大になる(遠大な意志を造る)という意味で遠志(エンジ)よりオンジと言われてきました。物忘れを治したり強い精神力をもてるようになります。
以上のような研究から、当帰芍薬散や帰脾湯に使用されているような生薬を組み合わせたり、人参、五味子、遠志、釣藤鈎などの組み合わせは、化学療法による脳機能障害の予防や治療に効果が期待できる可能性が高いと思います。

◎ 抗がん剤による神経障害(しびれ、麻痺、記憶や認知機能の低下、など)の予防と治療に関してはこちらで解説しています。

◎ トリプル・ネガティブ乳がんの補完・代替医療についてはこちらで解説しています。

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