天然薬の複合効果で効き目を高める漢方

【複合成分薬のメリット】

 西洋医学も、つい100年程前までは、天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。経験的に薬効が知られていた薬用植物から、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきたのです。
 一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療では、病気の状態に合わせて複数の薬草(生薬)が組み合わせて薬が作られます。このような多成分系の複合薬によって、効果をより高め、かつ副作用をより少なくする方法を追求してきたのが漢方薬です。

 近代西洋医学では、薬剤は「科学的でなければならない」とされています。「科学的」とは、その薬がどのようなメカニズムで病気を治すか具体的証拠に基づいて説明できることと、その有効性を再現性のあるデータで示すことです。作用メカニズムが明らかでないもの、有効性を再現性の高いデータで示せないものは、西洋医学では医薬品として認められません。

 単一の化学薬品の場合には作用メカニズムを特定することは比較的容易です。成分が単一であれば、有効成分の投与量が一定にできるため再現性のあるデータが得られます。つまり西洋医学では、薬としての規格を作り上げるためには、単一成分に純化することが必要条件と考えています。

 一方、漢方薬は複数の成分による相互作用によって効果を発揮するため、個々の作用メカニズムを全て特定することは、多くの場合極めて困難です。また、漢方薬の材料は天然の薬草であるため、生薬の組成が同じでも、その成分の質や量をいつも完全に同じにすることは困難です。したがって、実験データや臨床試験の結果にばらつきが出やすくなります。しかし、複数の作用点とメカニズムによって生体システム系に作用するという多成分系薬剤には、単一成分の薬剤にはないメリットもあります。特に、体力や抵抗力や治癒力を高める目的では、天然薬草を組み合わせる治療法は極めて有効です。

 薬草や食物から薬効を示す成分が単離されてサプリメントや医薬品として利用されているものは数多くあります。単一の成分にすることによって、作用機序を説明しやすくなり、また効果試験で再現性のあるデータを得られやすいというメリットはあります。しかし、活性成分を単離して薬剤やサプリメントとすることによって、その成分の薬効をかえって弱めたり、副作用を起こしやすくしている場合もあります。
 ある活性成分の量を一定にして、単一成分として投与した場合と、生薬の抽出物として投与した場合の吸収率を検討すると、後者のほうが高いことをよく経験します。すなわち、薬草や生薬に含まれる活性成分の生物学的利用率(bioavailability)においては、成分を単離するより、生薬のままのほうがよいことも多いのです。

 ハーバード大学のバート・バリー(Bert L.. Vallee)のグループは、生薬として使われている葛根(Radix puerariae)の成分であるダイジン(daidzin)を指標にして、吸収や血中濃度を検討しています。その結果、ダイジンの生物学的利用率(bioavailability)は、純粋な合成品として投与したものより、葛根の粗抽出物として投与した方が10倍も高いことを報告しています。ダイジンはイソフラボンであり、イソフラボンの一種であるゲニステイン(genistein)にはがん予防効果も示されています。したがって、この研究結果は、生薬や食品としてこれらのイソフラボンを摂取する方が、純粋な精製品を服用するより効果的であることを示唆しています。

 また、免疫賦活作用を有する多糖成分の研究においても、構造の同じ単一の多糖成分のみを使用するより、複数の構造の多糖を含む粗抽出分画のほうが、その免疫賦活活性が高いという報告もあります。
 ビタミンやポリフェノールなどの抗酸化物質にしても、人工的に合成された純品のものより、種々の成分の混在した天然素材のほうが、抗酸化能やがん予防効果が優れているという指摘もあります
 そもそも植物は紫外線による酸化障害から自身を守るために、様々な抗酸化物質を持っています。植物が持つ抗酸化成分の種類や割合は、より効率的に抗酸化力を高めるように長い進化の過程で確立してきたはずです。したがって、植物からの抗酸化成分を体の抗酸化力を高めるために利用するのであれば、特定の成分に分けるのではなく、植物を丸ごと利用する方が良いに決まっています。
 お茶のがん予防効果は、がん予防成分のエピガロカテキンガレートのみを利用するより、お茶の葉全体を利用したほうが、その効果や経済性や安全性などの面から、より有用であるという指摘もあります。植物油は精製すればするほど抗酸化能が低下することも報告されています。
 すなわち、天然物を利用して抗酸化力や免疫力を高める場合には、成分を精製する利点は少ないようです。

 がん予防のための食生活の勧告においては、穀類などはなるべく精製度を抑えたものを摂取することが勧められていますが、これも似たような理由です。精製のためのコストをかけて、薬効が低下するのであれば無駄としか言えません。

 多くの病気の治療においては、単一で、切れ味の鋭い医薬品が有効であることは間違いありません。しかし、天然の植物を材料とする複合薬の特徴やメリットにも理解をする必要があります。
 科学という名のもとでの普遍性と再現性の追及は、必ずしも有効な治療法と結び付く保証はありません。単一成分へのこだわりが、単に研究や開発が容易であるという研究者側だけの理由であるようにも思います。天然の薬草を複数組み合わせて薬を作るという漢方薬の良さにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。

【漢方薬の効果の秘密は生薬の複合効果にある】
 漢方治療では、一種類の生薬だけを使用することは稀で、多くは病気の状態に合わせて複数の生薬が組み合わせて処方されます。これによって複雑な病態や症状に対処でき、また効果をより高め、かつ副作用をより少なくすることができるのです。このように、治療のために複数の生薬を配合したものを漢方薬あるいは漢方方剤といいます。

 単一の成分は、作用が偏っていて副作用などが現われやすい傾向がみられます。生薬には多くの成分が含まれていて、相互に助長し合い、あるいは抑制し合うというように、常に調和を保つような傾向がみられます。しかし、単味の生薬には、なおその薬能に限界があり、薬効の偏向を脱しきれないものがあります。そこで、単味の生薬をいくつか組み合わせた薬方がつくられることになります。すなわち、漢方薬は、単味の薬物のこのような弊害と不備とを補い、さらに特殊な薬能を必要に応じて重点的に抽出して効果的に利用することを目的としてつくられたものと解することができます。

 例えば、つわりや胃腸炎で起こる吐き気に良く効く漢方薬に小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)というがあります。この漢方薬は吐き気止め作用のある半夏(はんげ)と生姜(しょうきょう)と茯苓(ぶくりょう)という3つの生薬を組み合わせて作られています。半夏はサトイモ科のカラスビシャクの塊茎で、吐き気を止め胃部のつかえを軽減する効果がありますが、えぐみが強く、刺激性があって単独では使いにくい欠点があります。生姜はショウガの根茎で、制吐作用があり、半夏のエグミを軽減する効果があります。茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、胃腸機能を改善し胃内の水分の停滞を改善する作用があります。したがって、これらの3種類の生薬を組み合わせることによって、吐き気を止める作用を相乗的に高めると同時にそれぞれの生薬の副作用の軽減が達成できます。

【カクテル効果と相乗効果】

 漢方薬において何種類もの薬物を用いて調合するのは、複合的な作用をねらってのことですが、重要なことは、病気を治す強い生薬を主とするときでも、必ず体の抵抗力や治癒力を助ける生薬も加えておくことが原則となっていることです。このように、作用の弱い薬により重要性を見い出し、治療に利用してきた点が漢方薬の特徴といえます。
 西洋医学の治療では、同時に何種類もの西洋薬が処方されることが多くあります。この場合、何種類を同時に飲んでも各々が理論通りの薬効を現わすという前提で使用されているのに対して、漢方薬では最初から薬の複合効果を前提に作られており、この複合効果を経験的に蓄積してきたのが漢方薬なのです。

 作用が相反する成分が含まれていると、それぞれの効果が相殺されると考えられますが、恒常性維持機能が常に働いている生命体では、このような相反する作用がバランスの正常化へ作用することもあります。
 例えば薬用人参は、沈滞したり興奮したりする気分を正常化させる作用があります。人参サポニンの一種のジンセノサイドRg群には中枢興奮作用があり、ジンセノサイドRb群には鎮静作用が知られています。このような相反する作用をもった複数の成分の総合的効果は体の状況に応じて変化します。
 すなわち、人参は、気持ちが滅入って何もする気が起こらない人には気分が昂揚してやる気を引き出し、逆に興奮している人には精神を安定させて落ち着かせる効果を発揮します。これからがんばらなくてはならない時に飲めば、興奮作用が働いて徹夜しても仕事ができますが、寝なければならないという時にこれを飲むと、今度はその鎮静作用のほうが働いて静かに眠れるのです。このような作用の違いは、生体の諸機能の働きが絶えず変化し、その時の内分泌系や神経系などの恒常性維持機構の方向性にしたがって効果を発揮するようになっているからです。

 生命体の恒常性維持機能を利用して、複数の生薬の効果の相乗作用や複合作用を経験的あるいは理論的に応用したのが漢方薬の構成の考え方であり、生薬の組み合わせによるカクテル効果を狙っているのです。
 漢方は体の偏りを正常化し、人間のバランスを調和する哲学であり、漢方薬はその歪みの調和剤といえます。このような効果は多数の成分のカクテル効果や総合的な作用により発揮できます。 
 多数の成分の相互作用を調べる方法は現在の科学技術をもってしても不可能ですが、解明できないからといって無視するのではなくて、経験的な治療効果という結果にもっと目を向ける必要があります。


ホーム漢方のご注文よくあるご質問プライバシーポリシー銀座東京クリニックアクセスお問い合わせ
Copyright ©2007 オーダーメイドの漢方がん治療 All Rights Reserved.