-抗がん剤と黄耆の相乗効果-
黄耆はシスプラチンの副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める

【黄耆は病気に対する抵抗力を高める】

 漢方では、体力や抵抗力の源である生命エネルギーを「(き)」という概念でとらえます。気の産生を増すことで体力や抵抗力を高める生薬を補気薬(ほきやく)と言い、補気薬の代表が高麗人参(こうらいにんじん)と黄耆(おうぎ)です。がんの漢方治療で利用される機会が多い補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)や人参養栄湯(にんじんようえいとう)など体力や免疫力を高める効果をもつ漢方薬の多くが、高麗人参と黄耆の組み合わせを基本にしています。
 黄耆はマメ科のキバナオウギおよびナイモウオウギの根です。黄耆の多糖類成分にはインターフェロン誘起作用やリンパ球の活性化など免疫機能増強作用が報告されていて、病気全般に対する抵抗力を高める効果があります。皮膚の血液循環や新陳代謝を良くして皮膚の傷の修復を促進する効果や、肝細胞の再生を促進する作用なども報告されています。
 黄耆は体内から余分な水を排除する作用(利水作用)があります。高麗人参は体液を保持する作用があり、多量に使うとむくみや血圧の上昇が起こりますが、利水作用をもつ黄耆と組合せることによって、人参の副作用を軽減しながら、体力や抵抗力を増強する効果を相乗的に高めることができます。
 黄耆の免疫力増強作用や抗がん剤の副作用軽減効果に関しては、動物実験や臨床試験などで、高麗人参に次ぐ研究報告がなされています。例えば、マウスに抗がん剤を投与して骨髄にダメージを起こす実験モデルで、マウスの腹腔内に黄耆エキスを投与すると、造血能の回復が促進されることが報告されています。その作用機序として、黄耆エキスが骨髄の造血支持細胞の生存率や増殖能を高め、造血機能を高める増殖因子の産生を促進する効果などが報告されています。また、黄耆に含まれるサポニン成分が、がん細胞の増殖を抑えたり、細胞死(アポトーシス)を引き起こす効果も、培養細胞や動物実験の研究で示されています。
 欧米ではアストラガルス(Astragalus)という名前で、免疫増強や滋養強壮を目的としたサプリメントとして利用されており、米国では高麗人参(Ginseng)と並んで最も多く販売されている漢方系ハーブの一つです。中国では、内服の漢方薬だけでなく、黄耆エキスの注射薬が、抗がん剤の副作用軽減の目的で使用されています。


【メタ・アナリシスで示された黄耆の効果】

 Evidence-based Medicine(根拠に基づく医療、EBM)を重視する西洋医学のがん専門医の大半は、漢方治療の有効性や安全性は根拠が乏しいと考えており、抗がん剤治療中に漢方治療を併用することは推奨できないという意見です。しかし最近は、抗がん剤治療に漢方薬治療を併用すると、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めるという信頼度の高い臨床試験の結果が数多く発表されるようになりました。
 2006年のJournal of Clinical Oncologyという学術雑誌には、進行した非小細胞性肺がんに対して白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を使用した抗がん剤治療に、黄耆を含む漢方製剤を併用すると、生存率や奏功率が上昇し、副作用が軽減されるというメタ・アナリシスの結果が報告されています(表)。
 メタ・アナリシスとは、複数の同じテーマの研究結果のデータを統合して統計的に分析する研究手法です。ひとつ一つの臨床研究では症例数が少なくて統計的な精度や検出力が不十分であったり、研究間で結果が異なるなど、明確な結論が得られないことがあります。これを解決するために、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、統計的に総合評価を行うことによって、その治療法の有効性を評価する方法がメタ・アナリシスです。EBMの考え方ではメタ・アナリシスの結果がもっとも強い証拠とされています。
 この論文では、白金製剤をベースにした抗がん剤治療を受けた進行した非小細胞性肺がん患者において、抗がん剤単独のグループと、抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用したグループに分けて比較検討された34のランダム化臨床試験の結果をメタ・アナリシスの手法で解析しています。
 このメタ・アナリシスで解析された臨床試験では、黄耆とその他の複数の生薬を組み合わせた漢方薬(中医薬)と、黄耆から抽出したエキスを加工した注射薬が使われていますが、内服薬も注射薬も同じような有効性が示されています。
 例えば、黄耆を含む内服の漢方薬を抗がん剤治療に併用した場合、抗がん剤単独の場合と比較して、12ヶ月後の死亡数が30%以上減少し、奏功率やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になるという結果が示されています
以下の表は、黄耆を含む漢方薬と抗がん剤治療の相乗効果をメタアナリシスで検討した論文の抜粋です。


表:抗がん剤治療と黄耆を含む漢方薬の併用効果をメタ・アナリシスで検討した論文の抜粋

タイトル:Astragalus-based Chinese herbs and platinum-based chemotherapy for advanced non-small-cell lung cancer: meta-analysis of randomized trials.(進行した非小細胞性肺がんに対する黄耆をベースにした漢方薬と白金製剤をベースにした抗がん剤治療:ランダム化臨床試験のメタ・アナリシス)
出典:J Clin Oncol. 24(3):419-430, 2006
McCulloch M, 他 (University of California, Berkeley School of Public Health, Division of Epidemiology, Berkeley, CA 94720, USA.)
【目的・方法(抜粋)】進行した非小細胞性肺がん患者に対して、白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を中心とした抗がん剤治療において、黄耆を含む漢方薬を併用した場合の効果を検討した34のランダム化臨床試験(患者総数2815人)の結果をメタアナリシスの統計的手法で検討した。
【結果】
検討項目
評価できた臨床試験の数(n=患者数)
抗がん剤治療のみの場合を1.0として、漢方薬を併用した場合の相対比Risk Ratio ()内は95%信頼区間 *1
6ヶ月後の死亡数 7試験(n=529) 0.58(0.48〜0.71)*2
12ヶ月後 12試験(n=940) 0.67(0.52〜0.87)
24ヶ月後の死亡数 9試験(n=768) 0.73(0.62〜0.86)
36ヶ月後の死亡数 6試験(n=556) 0.85(0.77〜0.94)
奏効率 *3 30試験(n=2472) 1.34 (1.24〜1.46)
Performance status(一般全身状態)の維持・改善 *4 12試験(n=1095) 1.36(1.21〜1.54)
Grade III又はIVの白血球減少 9試験(n=808) 0.39(0.24〜0.63)*5
Grade III又はIVの血小板減少 6試験(n=777) 0.36(0.11〜1.21)
Grade III又はIVの血色素減少 5試験(n=500) 0.26(0.13〜0.49)
【結論】黄耆をベースにした漢方薬治療は、白金製剤を使用した抗がん剤治療の有効性を高める。この結果は厳密にコントロールされ大規模なランダム化比較試験で確認する必要がある。
注釈
* 1:95%信頼区間が1.0を挟んでいなければ、統計的に有意差があると判断される。
*2:抗がん剤と漢方薬を併用した場合の6ヶ月後の死亡数(率)が抗がん剤だけの場合の死亡数の0.58倍であったという意味。95%信頼区間が1.0を挟んでいないので、統計的に有意な差であると言える。
*3:奏功率は抗がん剤治療によって腫瘍の縮小が認められた症例の割合を示し、ここでは全症例数のうち、complete response または partial response を示した症例の割合で比較している。奏効率のRisk Ratioが1.34というのは、抗がん剤治療によってがん組織が縮小した率が、漢方治療を併用することによって抗がん剤治療のみの場合の1.34倍になったことを意味している。95%信頼区間が1.0を挟んでいないので、この差は統計的に有意と考えられる。
*4:一般全身状態はKarnofsky performance scaleの10段階評価を用い、一般全身状態が維持あるいは改善された率を比較。漢方薬の併用によって一般全身状態の維持・改善した率が1.36に上昇したことを示している。
*5:抗がん剤の有害反応の程度分類において、重篤な有害反応とみなされるgrade III〜IVを呈した患者の数を比較し、Risk Ratioが0.39になったというのは、漢方薬の併用によって重篤な白血球減少を示した患者数が0.39 に減少したことを示す。

【考察】福田一典の個人的な意見です。

 抗がん剤治療中の黄耆の効果が、エビデンスレベルの最も高いメタ・アナリシスで示されたことはがん治療に漢方薬を併用しているものにとって非常に心強い結果です。
 十全大補湯などのエキス製剤の漢方薬が抗がん剤の副作用を軽減する効果は、日本でも数多くの研究報告がありますが、薬物代謝酵素に対する漢方薬の影響を懸念する意見などもあって、抗がん剤治療中の漢方薬の併用の是非についてはまだ議論があります。しかし、ここで紹介した論文の結果では、黄耆は副作用を軽減するだけでなく、延命効果や奏功率を高める効果が認められているため、抗がん剤の効き目を弱めるという心配はなさそうです。
 しかし、症例数が少ない臨床試験では有意差が出たものが発表され、有意差が認められなかったものは発表されない傾向(出版バイアスという)があるため、メタ・アナリシスの結果だけでは有効性を結論づけることはできません。このメタ・アナリシスの結果は、白金製剤をベースにした抗がん剤治療における「黄耆を含む漢方薬」の有効性を示す予備的な証拠にはなりますが、最終的な結論を出すためには、大規模なランダム化臨床試験の結果を待たなければならないのも事実です。
 滋養強壮作用や免疫増強作用、ダメージを受けた肝細胞や皮膚や粘膜の修復を促進する作用、血液循環の改善作用、利尿作用など、基礎研究や臨床経験で認められている黄耆の効能は、抗がん剤の副作用軽減や効果増強に役立つ可能性は十分にあるように思いますが、まだ不明な点も残っています。
 医食同源を基本とする漢方治療は、抗がん剤治療中においても、食事療法をサポートし、生存率や生活の質(QOL)の向上に寄与すると考えられています。しかし、抗がん剤治療中の素人判断での漢方薬やサプリメントの服用は危険であることには変わりがありません。漢方とがん治療の両方に詳しい医師や薬剤師に相談しながら適切な漢方薬を利用することが大切です。

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