抗がん剤治療中の吐き気を軽減する生姜の効果

【がん患者の吐き気・嘔吐の原因】

がん患者さんが吐き気を起こす原因として、抗がん剤や放射線治療の副作用、消化管の通過障害、脳圧亢進、精神的・心理的要因などがあります。消化管の通過障害や、脳腫瘍やがんの脳転移による脳圧亢進は、それを引き起こしている原因を除去する必要があります。
一方、抗がん剤や放射線治療の副作用や精神的・心理的要因による吐き気は、薬による緩和がある程度可能です。
抗がん剤による吐き気や嘔吐は、抗がん剤によって消化管粘膜からのヒスタミン分泌が起こって迷走神経や中枢神経が刺激され、最終的に延髄(えんずい)にある嘔吐中枢が刺激されておこります。この刺激が軽度であれば吐き気(悪心)、強ければ嘔吐となります。

抗がん剤による吐き気・嘔吐には症状のあらわれ方によって、抗がん剤投与後24時間以内に現れる急性嘔吐と、それ以降に現れる遅延性嘔吐、抗がん剤を連想させるものを見ただけで現れる心因性の予期性嘔吐などがあります。それぞれ各種制吐剤や精神安定剤などの医薬品を適切に使うことによって症状の軽減がはかられます。

抗がん剤治療による吐き気・嘔吐の治療には5-HT3受容体拮抗薬副腎皮質ホルモンが使われます。抗がん剤によって、消化管の腸クロム親和性細胞からセロトニンが遊離し、消化管粘膜内の求心性迷走神経終末に存在するセロトニン5-HT3受容体に結合・刺激して嘔吐中枢を経て嘔吐を誘発します。それに対し5-HT3受容体拮抗薬は、5-HT3受容体と優先的に結びついて塞いでしまうこと(拮抗と言う)によって、セロトニンの働きを遮断します。延髄の嘔吐中枢にも5-HT3受容体が存在し、セロトニンが結合して直接嘔吐を引き起こします。
すなわち、5-HT3受容体拮抗薬はセロトニンによる迷走神経終末や延髄の嘔吐中枢の刺激を遮断することによって、吐き気や嘔吐を抑えます。5-HT3受容体拮抗薬には商品名で、カイトリル、セロトーン、ゾフラン、ナゼア、ナボバンなどがあります。さらに、副腎皮質ホルモンを併用することによって吐き気止め効果を高めることができます。
5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンの併用によって抗がん剤治療の急性嘔吐の7〜8割は抑制できると報告されていますが、遅延嘔吐や予期嘔吐に対しては、その効果はあまり強くありません。
抗がん剤治療に伴う吐き気や嘔吐に対して、生姜(しょうが)の鎮吐作用に関する臨床試験が行われ、幾つかの試験では、生姜の効果が認められています。生姜を5-HT3受容体拮抗薬と併用することによって、急性嘔吐や遅延性嘔吐の抑制効果が高まるという報告があります

【生姜の吐き気止め作用】

ショウガ(生姜)はショウガ科のショウガの根茎(肥大した地下茎)です。学名はZingiber officinaleで、英語はGingerです。ショウガは、その独特の風味から香辛料や食品として用いられていますが、多くの薬理効果と健康増進効果を有するため、世界中の伝統医療や民間療法でも利用されています。中国やインドでは2500年以上前から、頭痛、吐き気、関節痛、風邪などの治療に利用されています。
生姜の吐き気止め作用は、多くの国で民間療法として利用されており、その有効性は経験的に知られていました。さらに、その効果を確かめるための二重盲検の臨床試験も多く実施されています。
その結果、妊娠にともなう吐き気(つわり)、乗り物酔い、手術後の吐き気、抗がん剤による吐き気に対する有効性が報告されています
妊娠に伴う吐き気(悪心)と嘔吐の最も重篤な形態である妊娠悪阻の患者において、ショウガの制吐作用が証明されていいます。二重盲検ランダムクロスオーバー試験では、ショウガの粉末250mgが1日4回(1日量1g)投与され、妊娠早期(20週以内)被験者27例のうち19例で悪心の重症度と嘔吐回数の有意な減少が見られました。
ショウガの制吐作用は婦人科外科手術を受けた女性患者においても確認されています。二重盲検試験では500mgの乾燥粉末ショウガが投与され、プラセボを投与した対照群に比べて、悪心の発生率を有意で減少させました。

悪心は、化学療法を受けた患者の70%以上が経験する深刻で苦痛の大きな副作用です。
抗がん剤の吐き気・嘔吐に対する研究では、制吐剤の5-HT3受容体拮抗薬と併用して5-HT3受容体拮抗薬の制吐作用を増強し、急性嘔吐の他に遅延性嘔吐にも効果があることが報告されています
抗がん剤に起因する悪心(吐き気)に対するショウガの効果を、抗がん剤治療中のがん患者644例を対象に行なった多施設共同無作為化二重盲検第II/III相試験で検討した結果が、米国ロチェスター大学がんセンターなどのグループから、2009年の第45回米国臨床腫瘍学会に報告されています。(Abs.No. 9511)
この研究では、抗がん剤投与の第一日目に制吐薬として5-HT3受容体拮抗薬の投与が行なわれていますが、第1サイクルの投与で吐き気を訴えた患者に、第2サイクル目以降は、抗がん剤投与の3日前から6日間連続で、プラセボ(偽薬)かショウガの入ったカプセル(200mgのショウガ乾燥粉末含有)を投与されました。ショウガの投与量は1日量として0.5, 1.0, 1.5gの3つの量が投与されました。
悪心の測定は、朝、午後、夕方、夜の1日4回行い、1(悪心なし)〜7(極度の悪心)の7段階のスコアで評価しました。
第2および3サイクル目における第1日目(朝、午後、夕方、夜)の悪心スコアの変化を解析した結果、ショウガ投与群ではすべての用量において、プラセボ群より有意に悪心が軽減されていました(p=0.003)。なかでも0.5g投与群、1.0g投与群の悪心抑制効果が大きく、悪心が24時間改善することが示されました。一方、嘔吐についてはショウガ摂取による改善効果はプラセボに対して有意差を認められませんでした。これは、第一日目に投与される5-HT3受容体拮抗薬の効果が十分にあるため、それを越えて統計的に有意な改善は認められなかったからと考えられます。
臨床試験の結果では、乾燥したショウガとして1日1〜2gに相当する量で吐き気止め作用が認められていいますが、この量は漢方薬で使用する量とも一致しています。

【生姜の吐き気止め以外の効能】

ショウガは香辛料として料理に広く用いられており、お菓子や飲料(ジンジャーエール)、キャンデー、酒類などにも用いられていて、多くの薬効をもつので、医食同源の代表的な食材と言えます。ショウガ(生姜)は漢方薬に使う場合はショウキョウ(生姜)を言います。同じ漢字でも、食品の場合と生薬の場合は呼び方が異なります。ショウガを蒸して加熱して乾燥して細かく刻んだものはカンキョウ(乾姜)という生薬になります。
ショウキョウは食欲を増進し、消化機能を高め、吐き気を止め、体を温めるなどの効果があり、多くの漢方薬に加えられます。カンキョウは体を温める効果が高くなります。
吐き気止め以外のショウガの薬効として以下のようなものがあります。

健胃・整腸作用
ショウガは食欲増進作用があり、さらに胃腸の平滑筋へ作用して、胃の運動性を促進するとともに胃の痙攣を抑制する効果があります。脂溶成分にはセロトニン受容体拮抗作用があって、下痢を抑制する効果もあります。
動物実験において、エタノール、インドメタシン、アスピリンなどによる胃潰瘍の発生を予防する効果が報告されています。

抗炎症作用・鎮痛作用
ショウガは炎症性のプロスタグランジン、トロンボキサン、およびロイコトリエンの合成を抑制する効果があります。関節炎や関節リュウマチの患者における臨床試験で、ショウガの服用によって、痛みの軽減、関節運動性の増加、朝のこわばりの減少が認められていいます。
鎮痛作用はショウガオールに痛みの伝達物質であるサブスタンスP放出を抑制する働きがあるためと言われています。ヒトの研究で、関節炎や頭痛などにも有効性が報告されています。

抗酸化作用
抗酸化作用があり、食肉製品の腐敗防止や肉の賞味期限を延ばす効果が知られています。

がん予防効果
ショウガの抗炎症作用や抗酸化作用はがん予防効果との関連も指摘されています。米国のデザイナーズフーズ計画では、ショウガはニンニクなどと並んでがん予防効果のある食品のトップに位置づけられています。

抗動脈硬化作用
ショウガは血小板トロンボキサン産生を抑え、血小板の凝集を抑える効果があります。
ショウガの水エキスにはニンニクやタマネギの水エキスよりも強力な血小板凝集抑制作用があると言われています。
さらに、コレステロール吸収を阻害し、胆汁酸合成の律速酵素であるコレステロール-7-α水酸化酵素を刺激します。ショウガは胆汁分泌を増加させる効果があります。したがって、ショウガは排泄を促進し、吸収を阻害することでコレステロールを低減させます。
血小板凝集抑制とコレステロール低下作用は、動脈硬化を予防する効果になります。

熱産生作用
体を温める効果があり、昔から発汗剤として用いられてきました。ジンゲロールは、ショウガの最も強力な熱産生成分と考えられています。冷えを改善する効果があります。

抗菌作用
様々な病原菌に対して抗菌作用があります

図:ショウガ(生姜)は漢方で生薬として使う時はショウキョウ(生姜)という。ショウガは食品や香辛料として使われるだけでなく、様々な薬効を利用して漢方薬やサプリメントとしても使用頻度が高い。がん治療にも役立つ効能を多くもっている。ショウガは加工の違いによってショウキョウ(生姜)とカンキョウ(乾姜)という薬効の異なる2種類の生薬になる。

【生姜の服用量について】

多くの臨床試験では、ショウガの乾燥粉末1gが基準になっています。しかし、これが最適かどうかはまだ不明です。また、投与が便利なため、ほとんどの研究が粉末生姜を使用していますが、生のショウガの方が効果があるという意見もあります。
ショウガの乾燥粉末1gは生のショウガの5gくらいに相当します。生のショウガを1日5〜10gくらいを摂取することは、がん予防を含めて様々な健康作用が期待できます。
関節炎やリュウマチのような炎症や痛みを軽減する目的では、この倍くらい摂取するほうが効果が高まるかもしれません。
ただし、乾燥粉末で6g以上の摂取で胃腸の刺激による不調やびらんや潰瘍を引き起こす可能性が指摘されていますので、空腹時には高濃度をとらない方が良いと思います。

生姜を取りすぎると、血小板の凝集力を阻害して出血が止まりにくくなる可能性がありますので、手術前や血小板が減少する抗がん剤治療中は過剰な摂取に注意が必要です。
外科手術や抗がん剤治療の吐き気止めに、臨床試験で効果が認められているショウガ乾燥粉末として1g(生のショウガで5g程度)であれば、血小板凝集抑制の副作用の心配は無いと言えます。
漢方治療では1日1〜3g程度の乾燥した生姜(ショウキョウ)を煎じて使用しますが、この量では血液凝固を妨げる可能性は低いと言えます。

【生姜の吐き気止め作用を強化した小半夏加茯苓湯】

吐き気をさらに有効に抑制する方法として、ショウキョウ(生姜)ブクリョウ(茯苓)ハンゲ(半夏)を組み合わせた「小半夏加茯苓湯(ショウハンゲカブクリョウトウ)」はさらに有効です。
半夏はサトイモ科のカラスビシャクの塊茎で、吐き気を止め胃部のつかえを軽減する効果がありますが、えぐみが強く、刺激性があって単独では使いにくい欠点があります。
生姜はショウガの根茎で、前述のごとく制吐作用があり、さらに半夏のエグミを軽減する効果があります。
茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、胃腸機能を改善し胃内の水分の停滞を改善する作用があります。したがって、これらの3種類の生薬を組み合わせることによって、吐き気を止める作用を相乗的に高めると同時に副作用の軽減が達成できます。
さらに、半夏は抑うつ症状や不安感を軽減する効果があります。茯苓も精神安定に働いて、動悸・不安感・驚きやすい・不眠などに効果があります。このような効果は、心因性の予期性嘔吐の緩和にも役に立ちます。
以上のことから、抗がん剤の吐き気を抑制する目的に、5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンを併用した標準的な吐き気止め対策に加えて、小半夏加茯苓湯のような漢方薬を併用することは有効だと言えます。特に、5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ホルモンの併用でも十分にコントロールができない遅延性嘔吐や予期性嘔吐の緩和に効果が期待できます。予期性嘔吐の緩和には、さらに精神安定作用や抗不安作用を有する生薬を加えると効果を高めることができます。さらに、食欲や体力や免疫力を高める生薬を併用することによって、さらに抗がん剤の副作用を軽減できます。

図:小半夏加茯苓湯は半夏・生姜・茯苓の3つの生薬の相乗効果によって吐き気や嘔吐を緩和する効果を発揮する。つわり、乗り物酔、薬の副作用によって起こる悪心、嘔吐、食欲不振などに用いられている。抗がん剤治療後の吐き気や嘔吐の緩和にも効果が期待できる。

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