丹参(タンジン)の抗がん作用

タンジン(丹参:Radix Salviae Miltiorrhizae)は、シソ科のタンジンの根で,その薬効は約2000年前の神農本草経にすでに記載されており、中医学や漢方で古くから使用されている生薬です。
抗炎症作用や抗酸化作用や血液循環改善作用や線維化抑制効果などがあるので、慢性肝炎や心筋梗塞や腎臓疾患の治療に使用されています。さらに近年は、丹参の抗がん作用が注目されており、丹参に含まれる抗がん成分や作用機序の報告が増えています。丹参は、多くのがん細胞に対して、増殖抑制、アポトーシス誘導、血管新生阻害、浸潤や転移の抑制、抗がん剤に対する耐性獲得の抑制作用を示すことが報告されています。
代表的な論文を紹介します。

丹参の主要成分であるSalvianolic acid Bが上皮-間葉移行を阻止して、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果がある

【がん細胞が転移・浸潤するときに上皮-間葉移行が起こる】
上皮-間葉移行(Epithelial-Mesenchymal Transition)とは上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象です。上皮系細胞とは、細胞と細胞が接着しながら敷石状(シート状)に配列している細胞です。その敷石状の配列は内外や上下といった方向性を持っています。消化管や呼吸器や泌尿器などの粘膜の表面を被う粘膜上皮細胞、肝臓や膵臓や腎臓などの腺細胞、皮膚の表皮細胞などが上皮系細胞です。
一方、間葉系細胞は、上皮系細胞のような方向性のある敷石状の配列では無く、ネットワーク状あるいはびまん性に配列する性質を持った細胞で、結合組織のコラーゲン線維を作る線維芽細胞のような細胞です。間葉系細胞は、筋肉組織や結合組織や脂肪組織や骨組織などを構成します。
上皮系と間葉系の細胞は、細胞を接着する接着因子や、細胞骨格蛋白の種類が異なります。したがって、上皮-間葉移行では、上皮細胞が上皮細胞の性質を失い、間葉系細胞の性質を獲得することになります。
がんは上皮細胞が悪性化して無制限に増殖するようになった細胞です。元来、正常な上皮細胞は位置移動を行いません。一方、線維芽細胞のような間葉系細胞は位置を移動する運動能を持っているものもあります。
がん細胞は悪性度が高まるにつれ上皮様(epithelial)の状態から線維芽細胞様の間葉(mesenchymal)の状態(上皮-間葉移行)へ、さらにはアメーバー様(amoeboid)への状態(間葉-アメーバー様移行:mesenchymal-amoeboid transition)へ形態を変化させることにより浸潤運動能を獲得することが明らかになっています。
上皮-間葉移行では、上皮細胞相互間の接着に重要な役割を果たしているE-カドヘリンの発現量が減少し、塊を形成しているがん細胞が単細胞で遊走することが可能になります。さらに間葉-アメーバー様移行によって、がん細胞は周囲の結合組織の中を運動して離れた場所に移動することができます。
E-カドヘリンは上皮細胞の代表的な接着分子であり、細胞間接着に寄与しており、がんの悪性度とその発現が逆相関することが知られており、E-カドヘリンの減少は上皮-間葉移行の重要な指標になっています。
抗がん剤や放射線はがん細胞を死滅させる効果を治療に使用します。しかし、がん細胞の遺伝子に変異を引き起こして悪性度が強くなる可能性や、がん細胞の上皮-間葉移行を引き起こして転移や浸潤を促進する可能性が指摘されています。
培養細胞や動物を使った多くの実験で、抗がん剤治療や放射線治療によってがん細胞の上皮-間葉移行が誘導され、転移や浸潤が促進されることが示されています。

【丹参の上皮-間葉移行の阻害作用】
がん細胞の上皮-間葉移行を阻害することができれば、転移や浸潤を抑制できることになります。そのような効果を持った生薬としてタンジン(丹参:Radix Salviae Miltiorrhizae)があります。タンジンは、シソ科のタンジンの根です。抗炎症作用や抗酸化作用を持っているので、炎症などの熱証を伴う血行障害の治療に適します。駆お血薬としての効果と同時に、補血と精神安定の効果も持ちます。中国では慢性肝炎や心筋梗塞や腎臓疾患の治療に使用されています。
タンジンに含まれる水可溶性成分のSalvianolic Acid Bが、上皮-間葉移行で重要な役割を持つTGF-β系のシグナル伝達を阻害することによって、上皮-間葉移行を阻害することが報告されています。(BMC Cell Biology 2010, 11:31)
この論文では、ダメージを受けた腎臓が線維化を起こすときに、TGF-βの作用によって上皮細胞が線維芽細胞様の細胞に上皮-間葉移行を行うことを示し、丹参に含まれるSalvianolic Acid BがこのTGF-βで誘導される上皮-間葉移行を阻害することによって腎臓の線維化を抑制する作用を報告しています。
TGF-βはがん細胞の上皮-間葉移行でも重要な働きをしているので、丹参のSalvianolic Acid Bががん細胞の上皮-間葉移行を阻害してがんの転移や浸潤を抑制する効果が推測できます。
前述のように、抗がん剤治療や放射線治療は、がん細胞の上皮-間葉移行を引き起こし、転移や浸潤を促進する可能性が報告されています。したがって、抗がん剤治療や放射線治療中の漢方治療に丹参を多く使用することは、がん細胞の上皮-間葉移行の抑制による転移が浸潤の予防に役立つ可能性が示唆されます。

図:がん細胞が周囲組織に浸潤したり他の臓器に転移する場合、がん組織(がん細胞の塊)からがん細胞が離れる必要がある。この時、がん細胞は上皮性細胞の性質から間葉系細胞の性質に変化し、これを上皮-間葉移行(epithelial-mesenchymal transition)という。丹参の主な薬効成分であるSalvianolic acid Bに上皮-間葉移行を防ぐ効果が報告されている。

丹参はシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現を抑制する。COX-2阻害剤のcelecoxib(商品名 セレブレックスまたはセレコックス)と併用して抗腫瘍効果が高まる。

丹参の主要成分であるSalvianolic Acid Bがシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現を抑制し、低用量のCOX-2阻害剤(celecoxib)との併用で、頭頸部がん細胞の増殖を相乗的に抑制することが報告されています。

Combination effects of salvianolic acid B with low-dose celecoxib on inhibition of head and neck squamous cell carcinoma growth in vitro and in vivo.(培養細胞および動物移植腫瘍の実験における、頭頸部扁平上皮がん細胞の増殖抑制に対する、Salvianolic acid Bと低用量のcelecoxibの相乗効果) Cancer Prev Res (Phila). 2010 Jun;3(6):787-96.

【論文要旨】
頭頸部のがんの発生には慢性炎症の関与が大きく、頭頸部のがん細胞はCOX-2活性が高くなっていることが報告されている。したがって、選択的なCOX-2阻害剤であるcelecoxibは頭頸部がんの予防や治療に効果があることが知られている。しかし、COX-2阻害剤の長期間の服用は副作用(心臓に対する障害など)も問題になる。
丹参に含まれるsalvianolic acid Bはシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現を抑制する効果があることが報告されている。したがって、Salvianolic acid Bとcelecoxibを併用すると、副作用の出ない低用量のcelecoxibでも十分に抗腫瘍効果が期待できる可能性がある。
この論文では、移植腫瘍を使ったマウスの実験で、celecoxibとSalvianolic acid Bをそれぞれ単独で投与した場合に比べて、両者を半分の量で併用した場合の方が、抗腫瘍効果が著明に増強することを報告している。このマウスの実験では、celecoxibは体重1kg当たり1日2.5mg、Salvianolic acid Bは体重1kg当たり1日40mgを併用している。両者を併用すると、がん細胞の増殖が抑制され、アポトーシスで死滅するがん細胞が増加した。

がんの発生要因の約20%は感染症や慢性炎症が関与していると言われています。ウイルス性肝炎による肝臓がん、ピロリ菌感染による胃がん、潰瘍性大腸炎に合併する大腸がん、その他多くのがんで慢性炎症の存在は発がんを促進し、再発や転移にリスクを高める重要な要因となっています。
慢性炎症によって活性酸素や一酸化窒素ラジカルの発生や、COX-2の発現増加によってプロスタグランジンの産生が高まることが発がん過程を促進する原因となります。したがって、活性酸素や一酸化窒素ラジカルを消去する抗酸化作用と、COX-2阻害作用などの抗炎症作用は、がんの発生や再発の予防に有効であると考えられています。
丹参は、強い抗酸化作用とCOX-2の発現抑制作用の両方を持っているので、がんの治療や再発予防に効果が期待できます。
Salvianolic acid Bは丹参の主要成分で生の根に約1〜7%含まれています。中国の基準では、生薬として流通させるためには、Salvianolic acid Bを生の根の3%以上含むことが条件になっています。
乾燥した丹参には10%以上のSalvianolic acid Bが含まれていると考えられますので、体重1kg当たり1日40mgのSalvianolic acid Bの摂取は、60kgの人で丹参を20〜30g程度摂取する量に相当します。COX-2活性が高いがん(頭頸部がん、大腸がん、乳がん、肺がん、前立腺がんなど)の治療や再発予防には、1日200mg程度のcelecoxib(商品名セレブレックス、セレコックス)と20g程度の丹参を含む漢方薬は試してみる価値があると思います。

図:丹参はシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現を抑制し、さらに強い抗酸化作用を持つので、がん細胞の増殖や悪性化を抑制する効果が期待できる。

Salvianolic acid B 以外にも、丹参に含まれるタンシノン類のクリプトタンシノン、タンシノンIIA 、タンシノン Iが、様々ながん細胞のアポトーシス誘導や増殖抑制の効果が報告されています。

(1)丹参に含まれる生理活性成分タンシノン類は培養細胞およびマウスの移植腫瘍の実験で前立腺がん細胞の増殖を抑える。(Int J Cancer 2010 Sep 16 [Epub ahead of print]
丹参に含まれるタンシノン類(tanshinones)の,クリプトタンシノン(cryptotanshinone)、タンシノンIIA(tanshinone IIA) 、タンシノン I(tanshinone I)は前立腺がんの培養細胞を使った実験で、用量依存的に細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。最も抗がん活性が高いのはタンシノン Iで、50%増殖阻止濃度は3-6μMであった。正常の前立腺細胞に対してはタンシノン類は毒性を示さなかった。
タンシノン類の作用機序として Aurora A キナーゼの関与が示唆された。Aurora A キナーゼは前立腺がん細胞に高発現しており、Aurora A キナーゼの活性を阻害すると前立腺がん細胞の増殖が抑制される。タンシノン類はAurora A キナーゼの発現を抑制した。
タンシノン類、特にタンシノンIはin vitroとin vivoの実験で血管新生阻害作用を示した。
マウスに前立腺がん細胞を移植した実験では、タンシノンIはがん細胞の増殖を抑え、その機序として、アポトーシスの誘導、血管新生阻害、Aurora A キナーゼの発現抑制が示唆された。毒性(体重減少や食餌摂取の減少など)は認めなかった。以上のことから、丹参に含まれるタンシノン類は前立腺がんの予防や治療に有効で安全な成分であることが期待される。
(2)ドキソルビシンに耐性のヒト肝細胞がんに対して、丹参のタンシノン類は殺細胞作用を示す。がん細胞の抗がん剤に対する耐性を阻止する作用も報告されています。(J Nat Prod 28;73(5):854-9. 2010)
(3)タンシノンIIAは培養細胞および動物移植腫瘍を用いた実験において、ヒト肝細胞がんの浸潤と転移を阻害する。Tumori 95(6):789-95.2009)
(4)ヒト子宮頸がん細胞HeLa細胞を使った実験で、タンシノンIIA(tanshinone IIA)は、がん細胞の微小管の重合を阻害して細胞分裂を止め、G(2)/M期で細胞周期を止め、アポトーシスを誘導して、増殖を抑制した。50%増殖阻止濃度は2.5 microg/mL (8.49 microM)であった。(Proteomics 10(5):914-29.2010)
(5)多くがん細胞で活性化しているSTAT3(Signal transducer and activator of transcription 3)をタンシノンIIAは阻害する。
ラットのグリオーマ細胞使った実験で、タンシノンIIAはSTAT3活性を阻害し、細胞増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。(Neurosci Lett 470(2):126-9. 2010)
(6)タンシノンIIAはヒト乳がん細胞の増殖を抑制する。
タンシノンIIAは抗炎症作用と抗酸化作用を持ち、さらに多くのがん細胞に対して殺細胞作用を示す。タンシノンIIAはエストロゲン依存性と非依存性の両方の乳がん細胞に対して増殖抑制効果を示した。(Int J Mol Med 24(6):773-80. 2009)
(7)丹参抽出エキスは乳がん細胞のAkt活性を抑制し、細胞増殖抑制作用のあるp27の量を増やして乳がん細胞の増殖を阻害する。(Phytother Res 24: 198-204, 2010)
(8)丹参に含まれるクリプトタンシノン(Cryptotanshinone)はメラノーマ(黒色腫)細胞に対して増殖抑制作用を示す。 (Cancer Chemother Pharmacol 2010 Sep 4. [Epub ahead of print])
(9)クリプトタンシノンはBcl-2とMAPキナーゼの制御を介してFas誘導性のアポトーシスに対する前立腺がん細胞の感受性を高める。
Fasは細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導する細胞表面にある受容体。多くのがん細胞にFasが発現しているが、Fas誘導性のアポトーシスに抵抗性になっているがん細胞も多い。この抵抗性の獲得に抗アポトーシス作用のあるBcl-2が関与している場合がある。
Fas誘導性アポトーシスに対する抵抗性を阻止する天然成分を前立腺がん細胞(DU145)を用いてスクリーニングした結果、丹参の主要成分のクリプトタンシノン(cryptotanshinone)が、Bcl-2の発現を抑制し、Fas誘導性アポトーシスの感受性を高めた。クリプトタンシノンはBcl-2発現を制御しているJNKとp38MAPKの2種類のキナーゼの活性を阻害した。さらに、クリプトタンシノンは多くの抗がん剤に対するがん細胞の感受性を高めた。
以上のことから、クリプトタンシノンが前立腺がんの治療において効果が期待できることが示唆された。
(Cancer Lett 2010 Jul 16. [Epub ahead of print])
(10)ヒト大腸がん細胞の浸潤・転移を阻害する。(Acta Pharmacol Sin 30(11):1537-42. 2009)
中医薬のSongyou Yinという名称の煎じ薬は、丹参( Salvia miltiorrhiza黄耆(Astragalus membranaceus )、枸杞(Lycium barbarum L.)、山査子Crataegus pinnatifida)、 別甲(Trionyx sinensis Wiegmann)の5種類から構成されます。
培養細胞を使った実験では、Songyou Yinはがん細胞のアポトーシスを誘導し、Matrix metalloproteinase-2(MMP2)の活性を低下させることによって浸潤能を阻害しました。
高転移能を持つヒト肝臓がんをヌードマウスに移植する動物実験で、肝臓がん細胞のアポトーシス誘導と血管新生阻害作用によって増殖を抑制し、MMP2の活性を阻害して浸潤や転移を抑制し、生存期間を延長する効果が認められました。(コントロール群の生存期間が52日に対してSongyou Yin投与群の生存期間は75日でした)
(J Cancer Res Clin Oncol 135(9):1245-55. 2009)
抗がん剤によって誘導される上皮-間葉移行を阻害して転移を抑制する効果も報告されています。(BMC Cancer 2010,  10:219)

黄耆と丹参の組み合わせが慢性疲労を軽減することが報告されています

Myelophil, an extract mix of Astragali Radix and Salviae Radix, ameliorates chronic fatigue: a randomised, double-blind, controlled pilot study.(黄耆と丹参の抽出エキスの混合製剤Myelophilは慢性疲労を軽減する;ランダム化二重盲検比較予備試験)Complement Ther Med. 2009 Jun;17(3):141-6.

黄耆と丹参の抽出エキスの混合製剤Myelophilは慢性疲労や倦怠感を訴える患者に使用されている。この研究では、慢性疲労を訴える36人の成人を対象に、Myelophilの抗疲労効果をランダム化二重盲検比較試験にて検討した。コントロール群、Myelophil3g/日投与群、Myelophil6g/日投与群の3群に分け、4週間にわたってモニターした。疲労の程度は自覚症状でスコアー化して比較した。
Myelophil3g/日投与群はコントロール群に比較して有意に疲労スコアーを軽減した。
この結果から、黄耆と丹参の組み合わせは、慢性疲労や倦怠感の改善に効果が期待できることが示唆された。


黄耆は免疫増強作用があり、抗がん剤の副作用を軽減する効果が報告されています。丹参は抗がん作用があります。黄耆と丹参の組み合わせが、TGF-β/Smadのシグナル伝達によって活性化される肝臓がんの浸潤能を阻害する作用も報告されています。(J Gastroenterol Hepatol 25(2):420-6. 2010年)
さらに慢性疲労や倦怠感の改善に効果があるので、抗がん剤や放射線治療の副作用緩和と抗腫瘍効果の増強を目的とする漢方薬に黄耆と丹参の組み合わせは有効性が期待できそうです。

以上のように、丹参は、造血機能を高める補血作用や、血液循環を良くする作用、抗酸化作用など抗がん力を高める効果の他に、がん細胞の増殖を抑え、浸潤や転移を抑制する効果など様々な抗がん作用がありますので、がん治療中や治療後の再発予防、進行がんの治療などにおいて有用な生薬と言えます。特に、黄耆との組み合わせは効果が期待できそうです。

図:近年、丹参の抗がん作用が注目されています。丹参に含まれる成分には、がん細胞のアポトーシス誘導作用や浸潤・転移の抑制、血管新生阻害、抗炎症、抗酸化作用など、様々な抗がん作用が明らかになっています

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