【抗がん剤による心臓毒性】
抗がん剤の副作用としては、白血球や血小板が減少する骨髄抑制と、吐き気や下痢などの消化器毒性がよく知られていますが、その他に、心臓、肝臓、腎臓、肺、神経系などの主要臓器に障害をきたすこともあります。
心臓毒性を示す抗がん剤としては、ドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系抗がん剤がよく知られています。
その他、シクロフォスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなども心臓毒性の発現が報告されています。
ドキソルビシンによる心毒性は、1)投与後数時間以内に発現し、可逆性の不整脈などが主体の急性毒性、2)投与の数日後から数週間以内に発現する心筋炎や心外膜炎などの亜急性毒性、3)投与後数週間から数ヶ月以上して発現する慢性毒性の3種類に分類されます。
一般的には、ドキソルビシンの心臓毒性とは3)の慢性毒性を指し、心筋障害による致死的なうっ血性心不全を来すことが知られています。
この慢性毒性(心筋症)はドキソルビシンの総投与量が多くなるほど発症率が高まります。450mg/m2を超えると発現頻度が高くなり、1000mg/m2を超えると50%に達すると言われています。
うっ血性心不全を発現すると、利尿剤やジギタリス製剤などの治療に対する反応が悪く、死亡率が30〜60%と極めて高いと言われています。
高齢者や心疾患を持っていたり、縦隔へ放射線照射との併用や、心臓毒性を持つ他の抗がん剤との併用の場合は、特に心臓毒性に対する注意が必要です。
【ドキソルビシンの心臓毒性を軽減する生薬】
ドキソルビシン(アドリアマイシン)の心臓毒性を緩和するサプリメントとしてコエンザイムQ10(CoQ10)が知られています。
CoQ10は抗酸化作用があり、昔は心不全の治療薬として用いられており、ドキソルビシンの心臓障害から保護する作用が報告されています。ヨーロッパで使用されているハーブのミルクシスルもドキソルビシンの心臓毒性を緩和する効果が報告されています。
生薬の中にも、抗酸化作用や細胞保護作用によって、抗がん剤による臓器ダメージから保護する効果をもったものが報告されています。ドキソルビシンの心臓毒性に対する生薬の保護作用を、マウスやラットを使った動物実験で検討した研究がいくつか報告されています。
このような動物実験で、田七人参(でんしちにんじん)、当帰(とうき)、枸杞子(くこし)が、ドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果があることが報告されています。
1)田七人参(でんしちにんじん)
田七人参(三七人参とも呼ばれる)はウコギ科のサンシチニンジン(Panax notoginseng)の根で、高麗人参の仲間です。
田七人参には、血管や心臓や肝臓に対する効果があります。
肝細胞の保護作用と、障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用されます。
また、止血作用があるので、喀血、吐血、血便など出血がある場合に使用されます。
伝統的かつ経験的に、田七人参が心臓機能を良くし、心筋のダメージに対して保護作用を示すことは良く知られています。心筋梗塞や狭心症の治療に田七人参が利用されています。
さらに、抗がん剤による心臓障害に対して田七人参サポニンが保護作用を示す動物実験の研究結果が報告されています。(Planta Med. 74:203-209, 2008)
この研究では、ドキソルビシンの抗がん作用を低下させず、ドキソルビシンによる心臓毒性に対して田七人参サポニンは心臓保護作用を示すことが報告されています。
(論文の詳細はこちらで紹介しています)
2)当帰(とうき)
当帰はセリ科のトウキ又はその他近縁植物の根です。
血管拡張と血行促進により身体を温める効果があり、冷えを改善します。補血作用があり、体力の衰えや貧血や皮膚の乾燥を軽減する効果があります。
婦人科領域の主薬であり、貧血、冷え症、生理痛、月経不順などの治療に用いられます。さらに、心臓疾患や脳血管疾患の治療にも使用されています。
マウスを使った実験でドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果が報告されています。
この実験ではICRマウスを用い、ドキソルビシン(15mg/kg)を週に1回投与する4週間前から、当帰の熱水抽出エキスを経口で毎日(15g/kg)投与しています。ドキソルビシンの累積投与量が60mg/kgに達すると心筋障害が著明になり死ぬマウスが増えてきます。この心筋障害は、当帰を前投与することによって著明に防ぐことができました。またドキソルビシンの抗がん作用を弱める効果はみとめませんでした。
出典:Angelica sinensis: a novel adjunct to prevent doxorubicin-induced chronic cardiotoxicity.(当帰:ドキソルビシンによる慢性心臓毒性を予防する新しい補助療法)Basic Clin Pharmacol Toxicol. 101:421-426, 2007
3)枸杞子(くこし)
ナス科のクコの果実で、疲労回復や老化防止の効果があり、民間薬として昔から不老長寿の薬として利用されています。
欧米でも、クコの実は、非常に強い抗酸化作用と抗老化作用をもつ食品として人気があります。
ラットを用いドキソルビシンを5mg/kg静脈内注射で週1回、3週間投与する実験では、38%のラットが死にましたが、クコシを25mg/kg毎日摂取させることによって致死率は13%に低下し、心臓機能のダメージも顕著に低下しました。ドキソルビシンの抗腫瘍効果を妨げる作用は認められませんでした。
出典:Protective effect of Lycium barbarum on doxorubicin-induced cardiotoxicity.(ドキソルビシンの心臓毒性に対するクコの保護効果)Phytother Res. 21:1020-1024, 2007
以上の研究は動物実験ですので、人間の場合には、どの程度の効果があるかは、まだ不明です。
しかし、抗酸化作用や細胞保護作用があり、心臓疾患に経験的に使用されてきた生薬が、動物実験でドキソルビシンの心臓傷害を緩和し死亡率を低下させていますので、人間でも効果が期待できます。
ドキソルビシンだけでなく、心筋障害を引き起こしやすいシクロフォスファミド、5-フルオロウラシル、パクリタキセル、ハーセプチンなどの抗がん剤治療に田七人参、当帰、枸杞子を含む漢方薬を併用することは根拠があると思います。
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